ごめんねジュビリー

#박우진_사랑해 We are Sure You’ll BE THERE Soon.

TWICE「Feel Special」の光 // わたしは So Special、ニンゲンを、ジブンを、セカイをスキであること

www.youtube.com

 

 昨日、MVを観た。朝から涙が止まらなかった。

 何から話せばいいんだろう。どうしたら伝わるんだろう。言葉を選ぶのではなく、そもそも「伝えたい」言葉がわからない感じ。今自分の心の中にある要素がぐわっと、この曲に収束していく感じがした。

 

 ITZYがTWICEの"選ばなかった"、彼女たちとは異なる道としての「ガールクラッシュ」を提起するのかなとずっと思っていたわたし。DALLA DALLAで高らかに叫ばれる「i love myself!」で泣いちゃうくらいにはオトナになっちゃった気がしていたわたし。わたしはTWICEも自分も、TTな心持ちの時代を過ぎて、だからこそオトナになれたと思っていて。そんな中でWhat is Love?と問いかけてみちゃったりするそんな大正解なトキメキを届けてくれるTWICEにワクワクしながら、彼女たちもわたしと同じようにオトナになっているんじゃないかと思っていた。

 それらは決して間違いじゃなかったけど。でも、わたしが思っていた以上に彼女たちは強く眩く、そして脆くてうつくしい光を纏っていた。

 

 アイドルである9人の存在が、「偶像」である自分たちという願いや希望をファンに託される中、どんな自我を育ててきたかはわたしには詳しくはわからない。でもこの2019年は日本、韓国、このふたつの国の関係、そしてTWICEのみんなにとっても「色んなことがあったな」と思えることが、わたしが記憶しているだけでたくさんある。サナが平成をねぎらったこと。ジヒョの恋のこと。ミナがおやすみしていること。そしてチェヨンの「自分でも知らない写真がネットに勝手にアップロードされてしまうことはこわいですね」というもっともな言葉。

 今、わたしが日本で息をしている中で、感じる空気がある。わたしの持つ空気、世の中が持つ空気。こわい感じ。わからない感じ。ワクワクするなにかは、この国になくて、でもそう断定も出来ない感じ。希望を持ちたいけれど、持てない。そしてセカイはすぐには変わらない、変われない感じ。そういった、諦めの感じ。

 

 ITZYの新曲「ICY」も超超超アツかった。「あなたの考えにわたしを合わせる気は無い(DANCE)」超スキ。あたしはあたしでいるの。あたしはあたしでいるから。あたしを見てよ。超COOLでしょ。彼女たちが歌う自我は強烈で、どこに向かうかまだわからないワクワクを歌ってる。

 

 今回のTWICEは、薄いガラスのような自分たちの自我をクリスタライズ(結晶化)させたんだと思う。なにより強いきらめきがここにはあるでしょ。でもそれはあなた(もしくは、いや絶対、今までの、そしてこれからのわたし)のおかげなの、だからわたしはきらめくの、と歌っている。

 『“わたし”をひとにどう魅せるか』という「自意識」、その表層を剥がして、「“わたし”は“わたし”であること」、それを肯定すること、という「自我」についてのストーリーが、Feel Specialにはきらびやかに詰め込まれている。

 TWICEの曲でスキな楽曲は、タイトル曲であることが多かった。それは、楽曲を通して彼女たちの自我をみつめることができるからではなく、その楽曲のストーリーがキャッチーでチャーミングだったから。「ねえわたしがいいでしょ?そうだと言いなさいよ!」という強気で駆け引きしたがる、TWICEのみんなが魅せてくれる「偶像」がスキだった。歯を見せて屈託無く笑うジョンヨンや変顔するナヨンたまやチェヨンが、大きな舞台の幕の、その後ろにいることにクスリとしながら、「自我」ではなく「自意識」のはざまで遊ぶ女の子たちのきらめくカケラに魅せられてきた。

 

 でも今回の「Feel Special」は、今までみたいに「自分が"みんなの"/"たった一人の男の子"のトクベツである」ことを歌った楽曲じゃない。 

I feel so loved I feel so special

大切に思われてると感じるの 愛されてると感じるの

초라한 Nobody에서  다시 Somebody 특별한 나로 변해

みじめな誰かから ふたたび名前のついた 特別なわたしに変わる

 肯定されない、「ここにいて」と言われない、そんな一人ぼっちの気持ち。それを感じた時に、あなたに肯定され、だから強くなれた、これからも強くなれることを歌う彼女たちのMVでは、沈んだ表情を浮かべたお互いに気付き、お互いを笑顔にするのはメンバーであり、そして「もうひとりの自分」だ。歌詞に出てくる「あなた」は、ファンでありそばにいる大切な友人や家族、そして、「自分」なんだ。

 それが凄くよかった。本当によかった。この、なにかを諦めなきゃいけないような、実体のない「今のセカイの雰囲気」の中で、わたしを特別にするのは、いつもそばにいてくれる誰かであり、そして自分自身なんだと、それをTWICEが歌っていることが。

 この曲は、デビューしてからずっとずっと「自意識」を歌い、アイコンとしてのトップを走り抜けてきた彼女たちが歌って、はじめて完成する「自我」についてのストーリーだ。ワクワクするどこに向かうかわからない自我を叫ぶITZYと、自我と自意識のはざまで育ててきたカケラを美しく強く大胆にわたしたちに魅せてくれるTWICE。

 そうです。"わたしの"、"みんなの"スキなTWICEが、"彼女たち自身"を、"自分"を歌っているように感じることが一番、この楽曲をFeel Specialたらしめているエッセンスなのだ、と感じます。

 7人での活動になるとのことですが、1日でも早い快復をお祈り申し上げます。

 TWICE、カムバックおめでとうございます。 

 

ニンゲンを、ジブンを、セカイをスキであること

 

 ひとを肯定することも、自分を肯定するってこともすごく難しい。自分に問いかける。どうして自分は自分を好きで、嫌いなんだろう?どうして自分は、あの子のことが好きで嫌いなんだろう?誰かを傷つけ、立ち止まらせる、座り込ませる心無い声はしようがないことだと思う。その声を肯定しているんじゃなくて、そういった悪意や無知、無関心から来る声が事象として存在することはわたしには止められない。

 でも、だからこそ、心無い声をぶつける人がいる中でも、わたしはわたしが好きな人を守る声は、その人を好きな「わたし」が上げるしかないんだと感じます。Nobodyの上げる心無い声ではなく、自分自身の好きを、そして自分にとって価値あるひとを信じて、それに応えてくれる相手、そしてそんな相手に応えられる自分を信じて、声を上げるしかないんだ。

 

 イリチルペンミのあと、ペンミに参加したつっこちゃんからテヨンちゃんのコメントを聞いた。わたしは、彼の息遣いや表情を直接感じたわけじゃないけれど、どうしても『シズニに「頑張れ」「きっとできる」「やらなくちゃ」だけじゃなくて、「頑張らなくていいよ」と言えるようになりました』と教えてくれるテヨンちゃんに、「いつもありがとう」と伝えたいなと思いました。なんだかやっぱり、あらためて、人を「推す」ってそういうことなんだな、と思った。誰かを傷つける声を上げる人がいるセカイだよ。でもだからこそ、その誰かを肯定する人がいるんだ。いなくちゃいけないんだ。そうやって、セカイは出来ていて、そしてだからこそわたしはセカイをスキになれるんだとようやく思えました。

 以上、言語化の追いついてない JEMI In the House(Featuring. 心地よい Morning Sunshine)がお送りしました。今日も、頑張ってみよう。