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ごめんねジュビリー

鉄は熱いうちに打て

LA・LA・LANDを観た〜大人になるということ〜

雑感 映画

改題:「ララランド 〜嘆きのDREAMS COME TRUE〜」*1

 

水曜日にLA・LA・LANDを観ました。ラニーナです💃🕺 What a waste of a lovely night〜〜〜♪どうも正式表記は『LA LA LAND』っぽいですがわたしは『LA・LA・LAND』を貫こうと思います!この表記のがフィットしてる感じが勝手にしていますイエス!

 

gaga.ne.jp

 

先日新連載のご感想が知りたくてエゴサしていたら、ララランド観たけど良くも悪くも売野機子みたいな感じ…という主旨のツイートを2つも発見してしまったので私がララランドに成り代わってみんなに謝りたい

売野機子🌿新連載! (@urino_kiko) March 6, 2017

 

わたしのすきな漫画家、売野機子さんがわたしの鑑賞前にこんなことを呟かれていたりしていて、そもそも「ファッキンテンポ」*2にデハーンが出るかもしれなかったエピソードとかわたしがエマ・ストーンがスキとかライアン・ゴズリング〜!とかそういういろんな要素からかなりの期待をしていました。わたしのすきな雰囲気。きっと“うまくいかない”。そんな恋と音楽が、どんなエンディングを迎えるのだろうって。

 

あらすじ
誰もが夢をみる街、ロサンゼルス。映画俳優を志すミアはコーヒーショップで働きながらオーディションを受け続けるも第1選考すら通らない日々に辟易としていた。そんな中「ジャズを奏でるための自分の店を持つ」という夢をもつピアニスト・セブと出逢う。ふたりは惹かれあい、互いに支えあいながらそれぞれの夢を叶えようとするがーーーー

 

端的に。シンプルに言えば。この映画はクライマックスの「大人が夢をみる」、その5分間、たった5分間のための2時間です。
"End"のテキストと同時にバーンと鳴り響いた音楽でわたしは座り直しました。「どうしよう、終わっちゃった」って。

恋をする。鮮やかに。感じた鮮やかさは、座り直した後のエンドロール。そのたった3分でもう、しゅるしゅると萎んでいって終わったあとはため息しか出なかった!

 

「夢」の中でミアは青いドレスのままで、セブと踊ってキスをして。現実の人生をなぞる。「SEB'S」に入るところまできっちりと。でもそれは夢の中で最高の恋が最高の人生に溶けるように、という願いであっただけだ。

最後のアイコンタクトは「ゆるし」だ。ライアン・ゴズリングの「いいさ」とでも言いたげな、なにも、未練のない。
諦めの相槌をあれほど上手く打てる男、ライアン・ゴズリング。あの独特の微笑み。ゆるしはある種の諦めで、けれどひやりと冷たいような湿度はまるで感じられない、からっとしたものだった。だからこそ、エマ・ストーンの笑みが映える。「君に読む物語」*3、あの時の彼はアリーを手に入れた。「さあ目を瞑って考えて。何十年後、君の隣にいるのは?」生涯の伴侶となるアリーに、ライアン・ゴズリング演じるノアはそう問いかけた。“What do you want ?”「君が隣にいたいと思う人の隣に」。そう問いかけたノアにアリーは「行かなきゃ」と答え車を走らせ、彼の家を出る。しかし。アリーはまた、ノアの元に車を走らせ戻ってきた。けれど『LA・LA・LAND』では、「SEB'S」を出たミアはもうセブの元には戻ってこない。

 

ミアは「あなたは大人になった」とセブに詰め寄った。“夢のために大人になった”。そうミアは主張したけど、その後「一緒に夢の中にいよう」と、離れる手を繋ぎとめようとしたのはセブだった。そうして、わたしが飲み込めない空白の5年間を経てふたりはそれぞれで大人になってしまった。一見、セブだけが取り残されたと思う人もいるだろう。でもわたしはそうは思わない。ふたりは、ふたりとも、大人になったのだ。だからゆるしあう。あの夢の中でだけは、あなたもわたしも。最後のシーンは、そのゆるしのためのワンシーンだ。

 

30分のショートムービーだったら、もっともっとよかったかもしれない。それこそ「夢」のように終われたはず。「SEB'S」にやってきたミアのドレスは黒。5年後、ドレスを着たミアはもう、「大人」だったんだ。

わたしが一番すきなセリフは“Welcome to SEB'S”です。
きみのためのチキン・ステーキ。さようならだけは夢の中じゃなかったですね。

 

*1:

wwws.warnerbros.co.jp

*2:LA・LA・LANDの監督の前作「セッション」のことです。いやちゃんと作品名で呼べよって言うね。すみませんすみません。

*3:

youtu.be